イザヤ55章1−13節
妻のカレンと私が以前住んでいたロンドン北部の町では、市場の日は毎週木曜日と土曜日でした。午前六時頃に露店のスタッフが到着し、足場と天蓋を設置し始めました。
果物や野菜の露店、かばん/バッグ売りの露店、衣類の露店、そして掃除機の部品のみを扱っている変わった人もいました。そこは、常に掘り出し物を探している人でひしめいていました。
神は、私たちに提供してくださっているものを説明するために、この市場の光景を用いています:「ああ、渇いている者はみな、水を求めて出て来るがよい。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買え。代価を払わないで、ぶどう酒と乳を」(イザ 55:1)。
数世紀後、イエスはこれらの言葉を、ご自身に適用されました:「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい」(ヨハネ 7:37)。行商人は御子であり、あなたの魂の深い渇きを満たそうと申し出ています。
イエスの招きはすべての人に宛てられていますが、それを受け取るのは一部の人だけです。その理由の一つには、市場にいる人の中には、他の露店に夢中になっている人もいるからです。彼らは招きの言葉が聞こえる範囲内にいますが、他の声や、他の興味によってかき消されて、聞こえないのです。
現代の市場においては、多くの人々がスポーツの露店に夢中になっています。結婚の露店で自分を満足させるものを探し求めている人もいます。また、キャリア、旅行、またはエンターテイメントの露店を物色している人もいます。
これらの露店は良いものを提供していますが、キリストは私たちに言います:「ここに来なさい。わたしが与えようとしているものは、他では決して見つけることができないものだ。」そして、次のように問います、「なぜ、あなたがたは、食糧にもならないもののために金を払い、腹を満たさないもののために労するのか」(イザ 55:2)。
御子は非常に価値があるものを提供しようとされています。主は呼びかけます:「耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる」(55:3)。それは素晴らしい申し出のように思えます。行って、その代価を調べましょう。
適正価格
通常の売買では、売り手が自分の希望する価格にまで引き上げようと顧客と交渉します:イエスは価格を引き下げています:「さあ…買って食べよ…金を払わないで…代価を払わないで」(55:1)。すべてが逆に進むオークションのようです。なぜなら、キリストは最も低い値の入札者に売ることを選んだからです。
それでは、この空想のオークションに是非私と一緒に来てください!イエスは露店に立って、次のように言います、「私が今日提供しているのは完全なる赦しと、神との和解です。このセットには永遠の命という究極の品も含まれて、なんと最低価格の入札者にお持ち帰りしていただきます。」
ピンストライプのスーツを着た男性が一歩前に出て最初の入札をします。「私は良い人生を送り、誠実なビジネスを営んでいます。 私は妻に忠実であり、子供にとって良い父親でした。私は三つの慈善団体の役員を務めました。これらのすばらしい成果を代価として提供したいと思います。」
残りの入札者からつぶやきが漏れます。それはとても見事な入札価格です。「最初の入札はピンストライプ・スーツの男性」と競売人は言います。「これより低い入札はありませんか?」
すると、青いコートを着た女性が手を挙げます。「私はピンストライプ・スーツの男性ほど多くのことはしていません。しかし、私は忠実に教会に通い、霊的に富んだ者となったと思います。」
「今度は青いコートの女性に行きました」と売り手は言います。「もっと低い入札はありますか?」
ブルージーンズの女の子が手を上げます。「私は青いコートの女性のように教会には通っていませんが、善い人生を送るよう努力してきました。」
「さて、」と競売人は言います、「たいした価格ではありませんが、最低入札者のものとなるので、今はあなたのものです。他に入札はありませんか?」
赤いセーターを着て、顔までも赤い男がゆっくりと立ち上がります。 「私は自分の期待にすら届いていません。人を失望させたり、酷いこともしましたが、少なくとも申し訳ないという気持ちはあります。するつもりはなかったので、本当に悔い改めているという事実だけを提供させてください。」
「まあ、」と売り手は言います、「これは本当に少ないですね。しかし、最低入札者に行くので、そのわずかな入札で、今はあなたのものです。もっと低い価格を提示する人はいますか?」
これはプライドの戦いではなく、恥のさらし合いです。多くの人が入札に参加することを諦めます。価格が高すぎるからではなく、恥ずかしいほど低いからです。赤いセーターを着た男よりも少ない価格を提供しようとする人が現れるかどうかを、ほとんどの人がただ見ています。いったい誰が、これ以上少ないものを神に差し出すことができるでしょうか?
最後に、一歩前に出て、次のように言う人がいます:「何も提供できるものがありません。私の悔い改めは足りません。私の信仰も足りません。私の行いも足りません。まともなものは何一つありません。わたしには提供できるものが何もありません。」その瞬間、競売人はハンマーを振り下ろしました。「落札されました」と彼は宣言します。「あなたのものです。」
私たちは一体何を提供するのか?
「それでも、私たちは何かを神に差し出す必要があるのではないだろうか?申し訳ないと思う必要はないのだろうか?信じなければならないのでは?」などと思っているでしょうか。
その通りです。しかし、これらのものを提供することによって、救いを得るのではありません。救いは贈り物です。この点について多くの人が混乱しています。救いとは、私たちの悔い改めと信仰の引き換えに、神が赦しといのちを与えてくださる取り引きだと考える人がたくさんいます。しかし、それは福音ではありません。
神が、最後の日に、あなたが天国に入れる理由をあなたに尋ねたとしたら、その答えは良い行いでも、悔い改めでも、信仰ですらありません。私たちの救いは、私たちがしたことに基づいているのではなく、ただ、イエス・キリストにのみ基づいているのです。
もし、救いの確信のため自分の悔い改めや信仰に依存しているなら、あなたは確かな保証を得ることはできません。なぜなら、どんなに強い信仰でも完璧ではなく、どんなに悔い改めても更に悔い改めることがあるからです。あなたの救いは、イエス・キリストと、イエス・キリストがあなたのためにして下さっことに、すべてかかっています。信仰とは、イエスが差し出すものを受け取る開かれた手であり、悔い改めとは、それをすでに受け取った心の応答なのです。
最低価格の入札
神を愛することを困難に感じているとしたら、キリストが差し出すものをまだ受け取っていないからかもしれません。道徳的規範に従って生きてきて、そのことを神に献げているのでしょうか。あなたの手は献げるものでいっぱいで、受け取る姿勢でキリストのもとに来たことがないのかもしれません。
私たち一人一人が最低価格の入札をすることができるように、神はしてくださっています。邪魔をするのは私たち自身のプライドだけです。ピンストライプ・スーツの男性と青いコートの女性もこの祝福を手にすることができるかもしれませんが、それを何かと交換して購入しようとすることをやめなければなりません。自分の行いをすべて脇に置き、手ぶらでキリストのもとに来なければならないのです。
これがとても難しい一つの理由は、人は借りがあることを嫌うからです。友人が我が家の故障を直しに来てくれたときに、このことに気付きました。彼は数時間をかけて修理を行い、私は感謝の気持ちでいっぱいでした。私は彼のポケットにお金を入れようとしましたが、彼はそれを受け取りませんでした。
なぜ私は彼にお金をあげたかったのでしょうか?彼に借りを作りたくなかったからです。私が助けられて、彼がお金を得たなら、私たちはその取り引きにおいて対等でした。そして、私たちは神に対しても、心の奥深いところで同様に考えてしまうのです:「神は私が必要とするものを提供してくださる。なので、代わりに神が求めている何かをお返しに差し出そう。」そうすることによって、何らかの威信を保つことができ、自尊心を維持することができます。ところがキリストは言います、「それなら、取引は成立しない。」
キリストが提供するものを受け取ることができる唯一の方法は、受け取る姿勢の空っぽの手であり、それは私たちのこれからの人生と、永遠にまでおいて、イエスに計り知れないほどの借りを作ることになります。
購入する
店先で「ただ見る」のが好きな人もいます。それは決して悪いことではありません。霊的にも同じ状態の人たちがいます。キリストの露店にやってきて、聖書と救いについて質問し始めます。見ることは素晴らしいことですが、見ることは買うことと違います。あなたの人生における最大のコミットメントとなることなので、徹底的に調査する価値があります。ですから、キリストの主張を注意深く調べてください。ただし、見ることと買うことを混同してはいけません。キリストが提供してくださるものをあなた自身のものにするには、取引を完了しなければなりません。
試してみることも買うこととは違います。月曜日から金曜日の9時から5時まで店にいて、試着をし続けながら、最終的に一着も買わないこともあり得ます。同じく、教会に通い、聖書を読んで、祈りを唱えながらも、キリストとの取引を完了しないこともあり得ます。買うべきだと感じながら、買わないこともあるのです。
さらに、知っていることも買うこと異なります。先日、夫婦で洗濯機を見に行ったところ、優秀な販売員に出会いました。彼は洗濯機の百科事典のような人でした。「この洗濯機は、」と彼はやや鼻にかかった声で語り始めました、「23分間かくはん回転をします;そして、こちらの洗濯機には螺旋状の軸がついていますが、自動温度計は備わっていません。」
私たちは彼と更に話を進めましたが、やがて、彼は独り暮らしで、月に一度コインランドリーに通っているので、彼自身は洗濯機を持っていないことが分かりました。彼は洗濯機についてあらゆることを知っていましたが、自分でそれを購入したことはありませんでした。さらに悪いことに、私たちも結局洗濯機を買いませんでした。
あなたの霊的な状態もこのような状態にあるでしょうか?あなたはイエスについて多くのことを学びましたが、イエスが提供するものをまだ購入していない状態にあるでしょうか?知ることは、買うことと異なります。
調査を行うべき時期もあるでしょう。しかし、購入する場合は、ある時点で決定を下して取引を完了させることが必要です。そして、取引が成立したとき、キリストが提供するものはあなたのものになります。
開かれました
イエス・キリストはあなたの魂の最も深い渇きを満たしてくださると申し出ています。あなたの罪が赦され、神を喜ばせる生き方ができるよう、神との正しい関係へと導いてくださると申し出ています。その人生は死を超えて、永遠へと続くことになります。
この賜物は買い取ることはできませんが、受け取ることはできます。それを受け取るためには、神に差し出すことのできるものが自分にあるという考えを捨てなければなりません。自分にないものを与えてくださいと、神に求めなければなりません。信仰は、キリストが提供してくださるものを受け取るために開かれた手のようです。そして、喜んで受け取るすべての人に与える準備をして、キリストは立っておられるのです。
イザヤ55章1−13節
主のあわれみ
55章1「ああ、渇いている者はみな、水を求めて出て来るがよい。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買え。代価を払わないで、ぶどう酒と乳を。
2なぜ、あなたがたは、食糧にもならないもののために金を払い、腹を満たさないもののために労するのか。わたしによく聞き従い、良いものを食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づく。
3耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたと永遠の契約を結ぶ。それは、ダビデへの確かで真実な約束である。
4見よ。わたしは彼を諸国の民への証人とし、諸国の民の君主とし、司令官とした。
5見よ。あなたが、あなたの知らない国民を呼び寄せると、あなたを知らない国民が、あなたのところに走って来る。これは、あなたの神、主、イスラエルの聖なる者のゆえである。主があなたを輝かせたからだ。」
6主を求めよ、お会いできる間に。呼び求めよ、近くにおられるうちに。
7悪しき者は自分の道を、不法者は自分のはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。
8「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、あなたがたの道は、わたしの道と異なるからだ。──主のことば──
9天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。
10雨や雪は、天から降って、もとに戻らず、地を潤して物を生えさせ、芽を出させて、種蒔く人に種を与え、食べる人にパンを与える。
11そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、わたしのところに、空しく帰って来ることはない。それは、わたしが望むことを成し遂げ、わたしが言い送ったことを成功させる。
12まことに、あなたがたは喜びをもって出て行き、平安のうちに導かれて行く。山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。
13茨の代わりに、もみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。これは主の記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。」
これらの質問を使って、神の御言葉にさらに触れてみてください。他の人と話し合ったり、自分自身を探るための質問として使ってみてください。

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The thief’s story of salvation is one that begins, literally, on the brink of hell. The pain this man had experienced throughout his life fueled his hate for God, so much so that he detested the man hanging there on the cross beside him. But then, for the first time, he began to fear God.
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